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第20話 弟子

Author: 青砥尭杜
last update Last Updated: 2025-02-12 21:58:40

 無属性魔法の召喚に関する一通りの説明を終えて、カイトと一緒に馬車へ乗り込んだエルヴァは気楽な口調のまま次の予定を口にした。

「帰る前に、ちょっと寄り道するよ」

「寄り道? ですか?」

「うん、寄り道。テーラーで採寸しちゃおう。軍服のね。魔道士には必需だからさ。今頃、店主が慌てて準備してるんじゃないかな」

 軍服と聞いたカイトはあらためてエルヴァの服装に目をやった。

 エルヴァは燕尾服やタキシードといった礼装の原形となった黒のフロックコートを着ていた。

 カイトの視線に気付いたエルヴァは微笑みを微笑む。

「僕は軍服が嫌いなんでコートで外出することが多いけど、通例としては魔道士が人前に出るときには軍服を着るってことになってる。僕は例外。そもそも筆頭魔道士団の顧問ってのが例外的だからね」

「そうなんですね……軍服、ですか……」

「きみも軍服が嫌いだったりする?」

「いえ、好きとか嫌い以前に、軍服なんて着たことがないので」

「そっか。まあ、すぐに慣れるさ。きみが着てる服は、きみがいた世界で一般的なもの?」

 エルヴァに服装のことを訊かれて、カイトは自分が全身ユニシロというファストファッションコーデであることを思い出した。

「そうですね。ごく一般的な服装です」

「簡素で動きやすそうだけど、これからきみが立つことになる場所だと、ちょっと簡素すぎるかもね。ちょうどいいから紳士服店にも寄って既製服も見繕おうか。下着なんかも用意しなくちゃだし」

「はい。お願いします」

 エルヴァの指摘はもっともだと感じたカイトは素直にうなずいた。

 自分の服装はどうにもこの世界、特に接する人物たちが王侯貴族という社会では浮いていると感じていたカイトにとっては、渡りに船な展開でもあった。

 カイトとエルヴァを乗せた馬車は、王都プログレの目抜き通りに面するテーラーの前で停まった。

 王室御用達の看板を掲げた二階建てのテーラーだった。

 高級感が漂う店内の空気にかすかな緊張を覚えるカイトとは対照的に、エルヴァはくつろいだ様子だった。

 カイトの採寸は店主が自ら行った。職人ならではの店主の見事な手さばきに接したカイトが感心しているうちに採寸は済んでいた。

 テーラーを出たカイトとエルヴァが次に訪れた同じ目抜き通り沿いに店を構える紳士服店も、王室御用達の看板を掲げていた。

 紳士服店に先回りしたエルヴァの秘書が手配したおかげで、貸し切りでのショッピングだった。

 郷に入っては郷に従うと決めたカイトは、迷いなく服を選んでいくエルヴァの見立てをすべて受け入れた。

 着替えたカイトが黒のフロックコートを着て紳士服店を出たときには、靴がスニーカーであることを除けば即席の十九世紀末スタイルな紳士が出来上がっていた。

「あとは靴と、時計かな」

 エルヴァはショッピングを楽しんでいる口調だった。

「時計もですか?」

「懐中時計とフォブチェーンは紳士の装いに欠かせないよ」

「そういうものですか……」

「うん。そういうもの」

 カイトとエルヴァが次に訪れた靴店も当然のように王室御用達の看板を掲げていた。

 軍服と揃える真っ白なオーダーメイドのブーツの採寸を済ませ、既製の革靴も購入した。

 次に入った懐中時計の専門店では、エルヴァが銀製で精巧な装飾が施された懐中時計を選んだ。

 懐中時計を留めるために用いるフォブチェーンを購入するために貴金属店にも立ち寄った。

 エルヴァはどの店でも上得意であり、二人が入店するやいなや店主が自ら出迎え満面に笑みを浮かべて接客した。

 支払いは紙幣に記載された額と同額の金と交換できる兌換紙幣で行われていた。

 紙幣を見たカイトはテルスという世界、少なくともミズガルズ王国においては金本位制が確立されていることを知った。

 一通りのショッピングを済ませ、馬車に戻ったエルヴァは満足そうだった。

「とりあえず、こんなとこかな」

「ありがとうございました……」

 カイトはショッピングの間ずっと気になっていたことを素直に訊いてみることにした。

「あの……代金についてなんですが」

「なんだ。そんなこと気にしてたの? もちろん僕からのプレゼントだよ」

「いいんでしょうか……どれも、かなり高価なものだと思ったんですが」

「いいのいいの。カイト君、きみはもう、そういうものを身に着けるべき立場にいるんだ。それに、きみは僕の弟子になるんだ。これくらいのプレゼントは気にしなくていいよ」

 エルヴァが口にした弟子という言葉が、カイトの胸に大きく響いた。

 いきなり転移した異世界で、血縁という理由以外での居場所をエルヴァからもらったようにカイトは感じた。

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